Aug 20, 2009

看護師求人は多数

看護師求人は、今はたくさん出ていると考えています。求人広告をよく見ます。看護師の仕事は人気のようですが身体的、心身的にも非常に難しいと看護師の友人は語っています。東京の看護師は仕事柄華やかなイメージがありますが、残業が多くて、医師も大変なようで、非常に同じ仕事を変える看護師が多いようです。看護師求人の知らせに、複数の病院に行くのは辛いと思います。
私も知人に聞いたのですが、最近の医師求人が増えてきているといえます。何なのかは詳しく分からないが、おそらく東日本大震災かなりの医師が死亡し、医師の人材が不足しているため、医師の採用が増えているようです。医師だけでなく、いろんなところに人材が不足しているようです。世の中色々大変です。
 小山一平氏 96歳(こやま・いっぺい=元参院副議長)2日、老衰で死去。告別式は7日午後1時、長野県上田市常磐城3の2236の2上田法事センター。自宅は同市踏入1の7の2。喪主は長男、誠甫(せいすけ)氏と孫、一彦氏。

 1974年、参院選長野県選挙区から日本社会党公認で立候補、初当選し3期務めた。90年4月から92年7月まで副議長。

 福島第1原発事故を受け、米海兵隊の特殊兵器対処部隊「CBIRF」の先遣隊約15人が2日、米軍横田基地(東京都)に到着した。3日にも日本入りする本隊とともに、米軍が同基地に司令部を設置した「統合支援部隊(JSF)」の活動の中で、自衛隊などに協力する。
 CBIRFは、米メリーランド州を本拠とする部隊で、日本の地下鉄サリン事件を契機に創設。2001年の同時多発テロの後、増強された。本来は生物化学兵器テロなどで倒れた隊員らを救出し、緊急医療を施す組織だが、原子力事故に対処する能力があり、放射線検知や防護、除染、医療活動などが行えるという。 

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 東日本大震災で、被災した高齢者、障害者、妊婦らが避難生活を送る「福祉避難所」について、岩手、宮城県内を中心に、少なくとも6自治体が約40か所に開設していることが2日、分かった。

 家族らを含む約290人が入所、一般の避難所では支障のある災害弱者の支援拠点となっている。

 在宅の要介護高齢者らを対象に、専門の介助員を配置した福祉避難所は、福祉施設のほか、一般の避難所の一角などに、都道府県や市町村が開設する。1995年の阪神大震災の際、高齢者などのケアが不十分で、「災害関連死」が相次いだのを教訓に創設された。

 地震直後から、30か所の福祉避難所を順次開設した仙台市では、一般の避難所で看護師や保健師らが援護が必要と判断した人など計250人を受け入れてきた。現在、約120人が生活している。市内の宮城野障害者福祉センターに設置された福祉避難所には、認知症の高齢者、身体・知的障害を持つ人ら13人が避難。寝室としている部屋には、床での生活が困難な人のため4台のベッドを入れたほか、体を動かす機会が減り、心身の機能が落ちる「生活不活発病」の予防のため、食堂ホールで絵を描いたり、折り紙をしたりして日中を過ごす。介護事業者などからの支援も受け、看護・介護の専門職で夜勤体制を組む。

 東京電力は2日、福島第一原発の4号機原子炉建屋の1階と地階を結ぶ階段付近から、高濃度の放射性物質を含む水が見つかったと発表した。

 水表面の放射線量は毎時100ミリ・シーベルトほどと高く、作業への影響が懸念されている。

 汚染水が見つかったのは3月31日。本来の冷却システムの再稼働を目指し、原子炉建屋内で作業をしていたところ、階段の踊り場で発見した。量や分布は不明。

 4号機の原子炉内に核燃料はないが、一時貯蔵プールに多くの使用済み核燃料などが保管されている。プールに水を補給し、冷却するため放水が行われているが、時折、白煙が上がっており、本格的な冷却システムの復旧が待たれている。

 菅直人首相は2日午後、東京電力福島第1原発の事故対応の拠点となっている「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町、広野町)を訪れた。首相は自衛官らを激励し、「日本の命運を懸ける、見えない敵との戦いだが、絶対負けない信念で戦って」と語りかけた。東電や協力会社の社員には「大変な作業をやっていただき感謝する。事故を抑え込み、わが国が地震や津波を封じ込めて打ち勝つまで頑張らないといけない」と伝えた。

 視察には自衛隊ヘリを使い、首相は午前中に東日本大震災で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市を訪問。避難所視察では被災者に仮設住宅の早期建設も約束した。Jヴィレッジでは現地調整所長の今浦勇紀陸上自衛隊中央即応集団副司令官や東電、消防幹部らの報告を受けた。

 首相は震災直後から被災地視察に強い意欲を示していたが、枝野幸男官房長官ら周辺が「現地の負担が大きい」と抑えてきた。枝野氏は3月20日の会見でも「率直に言って政府内にも両論がある。正直言って苦慮している」と述べ、翌21日で調整されていた首相の現地視察(直前に天候不良で中止)に苦言を呈していた。今回は震災から3週間経過し、一段落したとの判断で実施された。【長野宏美、久野華代、吉永康朗】

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