Dec 27, 2010
きらびやかなシャンデリア
シャンデリアという言葉を知っていると言う人も多いと思います。また、実際に見たことがあると言う人も多いでしょう。シャンデリアは、ガラスなどで作られたきらびやかな照明のことです。日本ではあまり多くはありませんが、外国に行けば、一般家庭でも見ることができます。古い宮殿などでは非常に高価なシャンデリアが飾ってあるのも珍しくないそうです。私のリビングルームだけのシャンデリアが付けられている。なんとなくでしかないが、華やかな気分になることができます。これはどこの家庭にあるものではないと私は信じているからです。家庭の内臓や趣味にも大きく影響があると思うが、あまり他人の家で見せたことがない。それでなんとなく、シャンデリアが自慢できるのではないかと思われる。
◇野辺地西、勢い止められず
兄弟校対決を制し、春夏連続出場へ−−。第93回全国高校野球選手権青森大会(県高野連、朝日新聞社主催)は最終日の26日、青森市営野球場で決勝があった。同じ学校法人が経営する兄弟校対決となった試合は、光星学院が9−1で野辺地西を降し、8年ぶり5回目の夏の甲子園出場を決めた。光星学院は今春のセンバツに続き、春夏連続で甲子園に出場する。全国選手権は8月6日から兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で開かれる。【神崎修一】
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▽決勝
光星学院 104000211=9
野辺地西 001000000=1
光星学院は一回、沢が左中間を破る二塁打で出塁、川上の左前適時打で生還して先制した。二回は先頭の北條が中前打で出塁したが、後続が走者を進められず無得点。三回は無死一、二塁の好機に、川上が左越え3点本塁打、続く田村にも本塁打が飛び出し、4点を追加した。七回には相手の野選などで一、三塁とし、田村の右中間適時打などで2点を加えた。先発の秋田は10三振を奪い、1失点完投した。
野辺地西は三回、中越え二塁打で出塁した葛西が、林の左前適時打で生還して1点を返した。その後は再三、得点圏に走者を進めたが、あと一本が出ず、6試合連続で先発した小林誠を援護できなかった。
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■夏キラリ
◇春の忘れ物、取りに
打ち勝ってもう一度甲子園に行く−−。仲井宗基監督と川上竜平主将(3年)の強い思いが、春夏連続の甲子園出場へ導いた。
光星学院は一回に川上主将の適時打で先制したが、二回は犠打が決まらず無得点。決勝独特の重苦しい雰囲気に包まれた。三回、先頭の沢辰寿選手(同)が四球で出塁。天久翔斗選手(2年)も右前打で続き、無死一、二塁の好機を作った。
打順は3番の川上主将。1点がほしい場面で定石では犠打だが、仲井監督は強攻策を選んだ。「好機で川上、田村ならバントは考えない。練習試合でも、この場面では初球を狙えと指示してきた」。川上主将も「相手は犠打と考えてくる。初球のまっすぐを狙おうと打席に入った」。打ち勝つ野球を掲げる光星学院。監督と主将の考えは一致していた。
そして初球を強振。打球は左翼席に飛び込む3ランとなった。ダイヤモンドを回る川上主将はしてやったりの表情。野辺地西の好投手・小林大誠投手(3年)を打ち砕いた。
仲井監督は「非常に大きい本塁打だった。忠実にやってくれた」と満足顔。川上主将も「思い切り行けた」と喜んだ。続く田村龍弘選手(2年)にも豪快なアーチが飛び出し、試合を決定づけた。
春のセンバツでは悔しい思いをした。初戦を突破後、2回戦の智弁和歌山戦は打線が沈黙。本来の力を発揮せず敗れた。「それだけに夏にかける思いは強かった」と川上主将。光星ナインは春の忘れ物を甲子園へ取りに行く。【神崎修一】
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■白球譜
◇この大会一生忘れない−−野辺地西(3年)小林大誠投手
高々と上がった打球が左翼席に吸い込まれると、相手応援団から大歓声が起きた。1点リードされた三回表の無死一、二塁の窮地。警戒していた3番・川上竜平選手(3年)に初球のスライダーを完璧にとらえられた。続く4番・田村龍弘選手(2年)にもカーブを左翼席に運ばれた。
「悪い球じゃなかった」と振り返るが、強力打線を意識して力んでいた。打たれた2球とも女房役の林雄太主将(3年)の要求より内角に甘く入った。「初回から変化球に切れがなかった。疲れているのがすぐ分かった」。林主将は6戦連投のエースをかばった。
2日前に弘前学院聖愛との準決勝で延長十四回、211球を投げたばかり。試合前のウオームアップで体中が張っているのを感じた。それでも責任感から佐藤裕次監督代行に「完投します。代えないでください」と直訴。「心中する」とマウンドを託された。
三回終了後、鈴木直勝監督が車いすで客席に来ていると知った。2月に倒れて闘病中。「いつもの投球を見てもらう」と考え、吹っ切れた。四回から外角主体の配球に変更。ボール球を振らせ、連打を許さなかった。
2年生の秋までは捕手。ひじを痛めた赤沼拓朗選手(同)の代役で投手に転向し、冬場の投げ込みで制球を磨いた。5月に肩を痛め、投球ができない1カ月間は走り込みでスタミナを付けた。エースとなった今も背番号は「2」のままだ。
鈴木監督を甲子園に連れていく夢はかなわなかったが、ノーシードから勝ち上がった充足感はある。「決勝の舞台に立つ資格ある練習をしてきた。この大会のことは一生忘れない」。最後まで涙はなかった。【高橋真志】
7月27日朝刊
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